担当

 

タイトルが思いつかなかった

 

担当がデビューするにあたって、今まで思ってきたことがすごくするすると頭から落ちてきた。

やっぱりそうなってくると、思い出すのは元担当君のことばっかりで。

前に書いたブログ記事を読み返したら、こう書いてあった。

 

きっと私がこれを書き出したら、「どうせ担当がジャニーズ辞めたこと今更ぐちぐちいってんだろ?その頃と比較してつまらんって思ってんだろ?」って思う人がフォロワーの11%くらい(リアル)いると思うんだけど、決してそういう意味合いの記事ではございません。
むしろ私は彼(知らない人のために言うと私は二年前まで関西にいた現美容師くんのファンでした)の退所はわりとあの当時から前向きに受け止めていて、今の彼の「謎のはんぱねぇオフィシャル感」纏った在り方も素晴らしいと感じてます。いい人生だしその人生選択をきちんと見極めて出来た彼ってやっぱり天才だよなぁって思ってます。あれは事務所のせいでも彼のせいでもなく、前向きな必要な退所だったわけなので、そこに蟠りや今更の杞憂はないです。寧ろ今更彼のいない事に絶望して愚痴ったりするのは、今の現実受け止められない言い訳にしたいだけな気がして自分自身に腹が立つのでしたくないなぁ。誰のせいでもないからね。

 

彼ことTくん(意味のないことだけど伏せさせてほしい)について、もうそろそろ担当ではないって受け止め方をしたいなあって思い始めたのがちょうどこの記事を書いたころだった。

 

彼がやめるのでは、って思ったのは、皮肉にも2014年の彼の誕生日だった。そしてその後2014年の冬には彼は既に同じステージに立っていながら、自分はステージの下からステージを眺めてるような目線で立ってた。

それでも彼はステージ上で、本当に全力だった。あと4ヶ月でやめるなんて嘘なんじゃない?って思うくらい。ステージの裏では全力でメンバーをまとめて、円陣では音頭を取り、MCでは進行して、コーナーでもうまくアシストして、みんなが会場バルコに登場すれば一人ステージに残ってお客を煽り、客に対してびしっと何かを言うのも彼の役目で、千秋楽の「俺たちがー!」だってなんだって、全部彼の役目だった。そんな人が4月になったらステージからいなくなる?嘘だ。って思わせてくれた。それでも、そんな人だからこそ、彼が意志が強くプライドが高く自分の夢に責任感を持つ人だからこそ、退所してかねてから夢だって言っていた美容師を目指すって事は妙にリアルで、現実的な話だった。

だから彼がやめるその日まで、彼が辞めるか、彼が残るか、ちっとも分からなかった。だってステージにいる彼はいつも全力で当たり前に10年後だってアイドルしてそうなポテンシャルを持って輝いている(盲目)のに、現実はしょうれんも東京へ行ってしまう事が決まっていたし、春からのレギュラー番組だってなくなることがほぼ分かっていたし、彼自身「ずっと」とか「これから」、そんな言葉を使う事がなくなっていった。

 

 

辞めるのを確信したのは春の松竹座初日。このツイートの日。悔しかったなあ。さいこうのパフォーマンス見せてくれてさ、本当に最高だったの!苦手だったダンスめっちゃうまくなったし、しゃべりも何もかも彼が最高だった。そしてビジュアルも。まさに自分にとって「最高のアイドル」になった彼が、あと10日後にステージを降りるって気付いた。悲しかったなあ。

 

だから、まさに、彼の退所については辞めるその時まで、分かっているけれど信じたくないような状況だった。

私は彼の事を本当に本当に好きで、それは辞める瞬間ですら、辞めるときまで計算し尽された姿(彼はラストステージで最後に泣きながらきちんと挨拶をして、ありがとうと生声で絶叫して、10分くらいずっと続く関西jrコールの中、きれいにやめていった)を目の当たりにして、そのことすら好きでたまらなかった。

 

前置きが長くなったんだけど、だから、余計に自分の中で「担当」って言葉が大きくなってしまった。だって辞め方も好きとか好きしかないじゃん!?過去にも担当がやめた事はあったけど、大概の場合辞めるっていう行為でかなり好感度が下がってすーぐ「現役でいてくれる」他のアイドルが好きになるのに。それなのに、彼の好感度は正直今も下がらない。辞めて3年近く経つ今も、新しく気付く彼の好きなところがあるあたり、本当にびっくりする。

なので、ずっとずっと、かいちゃんをはっきり「担当」と呼べなかった。便宜上じゃないけど、チケットの連絡したりするときとか、そういうときに海人担と書き添えることはあっても自分から「海人担」とはっきり書いたり「自担」って呼んだりすることができなかった。

引っかかったのは、「かいちゃんとTくんを対比してしまって、そんな自分が許せない」「またジャニーズjrを担当と呼んで、辞めてしまったら耐えられない」「Tくんを元担と呼ぶことが怖いと思ってしまったこと」辺りだったんだと思う。

中でも一番大きかったのが3番目で、自分が前に進んでしまったら、Tくんを今も素晴らしいアイドルだと思っていることや、当時の彼への肯定感が嘘になってしまう気がしてた。今も「あの頃の彼」がすっごく好きだし。あの頃の彼がステージにいるなら、今でも私は正直言って担当って呼びたいとずっと思ってた。だからこそ余計に、かいちゃんのことが好きな自分が許せないとずっと思ってた。いつまでもかれが好きで、いつまでも過去に縋っていたい気持ちが自分の中にはっきりとある。人間悲劇のヒロイン気取るじゃないけど、「自分に非のない悲劇的な過去」を美化するところが多かれ少なかれあると思う。それが、私にとってたぶん「担当の退所」なんだよなあ。もうそんなことに縋らなくても素晴らしいアイドルが目の前にいるのに、素直にそのことを受け入れてかいちゃんが担当だって言えなかったのは、そんな悲劇の中に閉じこもっていればこれ以上傷つくことないからだったのかなあ。

でもそんな自分を裏切るみたいに私かいちゃんのこと気付いたらすっげー好きだったんだよなあ。

一番疑問としてよく聞かれるのが、なにキン担にとってかいちゃんってアンチするような感じじゃないの?ってこと。嫌いじゃないの?ってよく聞かれたな。でも、紫耀くん廉くんとかいちゃんが一緒になって活動しはじめたころから、かいちゃんを嫌いって気持ちはこれっぽっちもなかった。見ようによっては、Tくんを辞めさせたのは東京で紫耀くん廉くんと組むことになったかいちゃんだったって思う人もいるのかもしれないけど、そういうマインドはまったくなかった。一番の理由はたぶん、私がTくん担だったことだと思う。Tくんは驚くくらい、しょうれんが東京で仕事をすることに肯定的だった。関西に戻ってきてほしいなんてスタンスは微塵もない。彼らが東京へ行くことはTくんにとって当然で、それはしょうれんが大好きだからこそだったように思う。それに、もうなにキンなんてどうでもいいからTくんが事務所にいてくれたらそれでいいから…って気持ちがつよすぎて、なにキンを望む気持ちはとっくになかった。そもそも2013年末まではBADこたしげしょうれんでデビューするんだと思っていたから、なにキンでデビューなんて夢を見れたのは、2014年の春の、ほんの束の間だった。だから余計に2014年、バラバラの夏になにキンをあきらめた気持ちは二度と戻ってこなかった。

それでもTくんはおおきな意味でなにキンを愛していたから、しょうれんが東京に行って活躍することを心底望んでいたようにみえたし、私も活躍するしょうくんと廉くんを見てると寂しいけどうれしかったなあ。それは今も変わってなくて、紫耀くんと廉くんが並んでいることがうれしい。そして、そのとなりにいるかいちゃんは、2015年当時から私にとって当たり前の光景だった気がする。

 

 

 

 

しょうれんのことを居場所ができたって語るかいちゃんの存在は当時から愛しくて、でも同時にその天真爛漫さに悔しさを覚えたりもした。これだけ自分が望んでいるTくんがしょうれんと並んでいてほしいって気持ちをいとも当たり前に叶えてしまった事を特別と思わないような彼の姿に、たった14歳の男の子に、激しく嫉妬してたことも正直ある。でもそれはきっとかいちゃんじゃなくても誰でもそうで、たまたまそれがかいちゃんだっただけなのでかいちゃん個人への感情ではなかったのかなあ。

こんな事を考えていた人間は、Tくんが辞めた2015年春には既にかいちゃんをわりと推してた。

でも、かいちゃんってさ、Tくんになかったものをすごく持っているなって。Tくんと正反対なんだよね。全てが。それが余計に好きで、余計に嫌いだった気がする。ダンスが下手な人とうまい人。それだけ取っても、上手いかいちゃんに「すごい!!最高!」って気持ちが生まれると同時に激しくそのことに嫉妬したりする。かいちゃん担って気持ちで現場にたっくさん足を運んでいる筈なのに、かいちゃんに対して劣等感に似たライバル感を持っているような感じ。かいちゃんのために現場に行くのに、私の中のTくん担な自分がかいちゃんにケチをつける。例えば一人一人に丁寧に時間さいてファンサする分、アリーナクラスの半分しか回れないかいちゃん。でもそれもファンサが丁寧って素晴らしくってほめたくってそこも好きな自分もいるのに、「でもTくんはそういうときは割り切って全員にお手振りだけに済ませることでアリーナ全体にあくまで平等にしてくれたのに」ってTくんを美化してかいちゃんにケチをつけたがる自分が出てくる。それって、担当と比べて他を批判してる感情じゃない?だから、自分ってカイちゃん担じゃないんだなあって感じてしまうことが多くて、全力で推してるのはかいちゃんで、いつでもかいちゃんのために現場にたくさん行ってるのに「かいちゃん担」を名乗れない状況がどんどん拗れてしまって。きっと「自分はTくん担」だって気持ちを上手く捨てるタイミングを失ってしまったからだね。変だなあ!考えすぎの変なやつだなあ。って自分で思ってきた。だってTくんのファンだったのは2013.6/30~2015.3/31の2年にもならない期間、かいちゃんを好きになってからは既に3年近いのに。

ていうかなげえなあ!?

うん。で、いろんな葛藤を抱いていたのをスパーーーーっと切り落としたのが、2017年、湾岸のラスト。相変わらずかいちゃんはかわいかったなあ。ラストめっちゃ可愛くなかった?イエーイ。

 

 

この姿を見て、すごいうるっと来てしまって。俺たちがー!Mr.KING!っていうのは、結局今のところこれが最初で最後になるわけで。この光景が、忘れられなくて。うれしそうに紫耀くんの手首を握ったかいちゃんの顔が忘れられない。

すっげー遅いけど、この時に、初めてMr.KINGでデビューしてほしいって思った気がする。変な話、なにキンの事があって、「好きなユニット」ってすっごい怖かったから。いつか壊れるものを愛でるのって勇気がいるというか。でも、もう、わがままになってもいいかな?って。もう安心してかいちゃんを好きと言ってもいいのかな。そう思って、深夜に一人で「おれは海人担だあ」とか意味の分からないつぶやきをしながら、でもやっぱり怖くなって消してみたり、そんな事を繰り返したなあ。そう思い始めてから不思議なもので、とんとさっきまで書いてた嫉妬や劣等感みたいなものは感じなくなった。TくんはTくん、かいちゃんはかいちゃん。そして、今の担当、今あって大事にすべき肯定すべきものはかいちゃんで、かいちゃんが私にとって「正」だってスト――――ンって心に落ちてくれた。ズドン

 

だから元担問題はそこで解消されたんだけど、かいちゃんが高校卒業に差し掛かると気付いた瞬間再び怖気づいたよなあ!?すごく分かりやすい人間なんだけど、その時期からかいちゃんの顔をアイコンにできなくなった。怖かった。どんな人生を選ぶのかが怖くなった。またかいちゃん担だと言えなくなった。やめるわけないじゃんバカじゃん!!!やめたらどうしよう?!バカじゃんやめねーって!!の繰り返し。

まあその波をぶち壊したのがこの度のデビュー発表でした。うん。もう安心して海人担だと言っていいんだって。もう二度と、彼があきらめてやめるかもなんて杞憂を覚えなくていんだって。そう思ったらすっごくすっごくウキウキして自分のデスクからコピー機までスキップしたもん。あと、もう安心してしょうくんとれんくんといるかいちゃんを好きだと言っていいんだって。もう壊れることはないんだね。そこがかいちゃんの居場所で、そこが私も安心していい場所なんだね。ってさ。幼稚園児みたいな感想だあ。

正直twitterでもよく言う方を見るしジャニ―さんもそうだったみたいだけど、3.3を望んでいたところがあるし、Mr.KINGが本当に好きだったから6人より…みたいな気持ちもいっぱいある。でも結局担当がデビューして事務所にいてくれさえ、って気持ちには(Tくんの時に昇華できなかった気持ちだからこそ)勝てなかった。デビューは彼が生き残る、彼が安心して安定してこれから先何十年もずっとアイドルでいれる保証であって、それを得た今箱になんの文句もないんだよなあ。しかも3人がバラバラになってしまったならまだしも、むしろ強力な仲間を得て。3人が一緒にいる限り、3人がMr.KINGだった過去もKINGだってことも消えなくて、むしろそれって大きな可能性を孕んだことだもんね。いつか3人でかなえてほしいと思っていたことが全て叶う可能性だって出てきた。よしまずKINGの曲全部音源化しよーー!!!

だから、ここまで本当に色々と私が誰担かとか触れづらくて振り回した大勢の友達には正直すまんかった。関西担のときからの友達は「たかいとに降りたの?そうじゃないの…?」とよく聞きづらそうにされたし、かいちゃんになってからつながった友達には「えっ、かいちゃん担じゃないの?」と困惑させてきた。だから声を大にして言いたいんだよなあ今。

ねえ、私かいちゃん担してるから!!!!髙橋海人くん(18)超可愛いし超天才だし超努力家だし、今からデビューするから、降りておいでよ!!!よろしくな~~~!!!